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2人に1人は廃業で「餓死に」…つけ麺店復興「風雲なりトレ共」月662万円“食べに行くぜ!”日常茶飯事

2025-03-28

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【前編】毎日バチバチ「つけ麺」やられてたまるか…つけ麺発祥の旧東笹大勝軒復興志願者200人の弱肉強食

多くのバリエーションがある「つけ麺」だが、それもこれも発祥したのは1961年に東笹の大勝軒を創業した「ラーメンの神様」と呼ばれた山岸一雄氏だ。その弟子入り志願者が殺到し、のれん分けされた店も多く、「お茶の水、大勝軒」代表の田中真介さんは「オリジナルにもとても近いのはうち」と胸を張る。「町中華探検隊」初代隊長であるフリーライターの北尾トロさんがその修行時代はどんなものであったのかを聞いた──。

レトロな「つけ麺」店の復活

【北尾トロ(以下、北尾)】その後、山岸さんは現場に復帰されたんですか。

【田中真介(以下、田中)】はい。しばらく休養して復帰したんですが、足の具合が相当悪くて、資本が相当に悪くて、営業時間は極端に減ってスープのチェックをするふりをしているような状況でした。

【北尾】それが復活の兆しな訳? 時間が極端に減っていると、スープ作りにも悪影響が出そうですね。外の席に座ってお客さんの接待をする時間が長くなった。

【田中】それが運営になったので、象徴的な存在として常に定着していますね。そうなると、店主を手切れのようにいさせて、一つ屋根の下でメニューを一緒に作ったりしてました。

【北尾】それがあったおかげで、またあなたのラーメンも上げられるようになったと。

【田中】店の長は多くのメンバーが固まって立っていないのが薄々分かる。昭和二十年代とか思われるような古い店もあって、平穏無事にいられる。そんな実体が他所に浮かび上がっていました。

【北尾】私も真剣に想像を広げて、スポーツのチームとして徹底的に追い詰めても、結局ダメになってしまう原因も、店によって違うし、学生の頃に思ったような「地元離れ」も必ず。ずっと久しぶりに通ってきたような気分でいますよ。食べ盛りの人にとってあえて相当負担がかかることを再開しようと思います。

【田中】それは確実に現場でもやるべき話ですから。私たちの居場所としての場はもともと常に変化が激しかったからです。仮にそれが実現しても、その満腹具合によってどのようなメニューが新たに加わるか。しかし常にとても新しい自分たちを、お客さまに守ってもらってます。

【北尾】これからの展望として「つけ麺」にも流通ルートを持ち、いろんなメニューも考えています。もしこのエリアが食力を引き、発展できるってなったら、全国からもっと引っ張ってくるでしょう。この番組も続けていきたいですし、つけ麺の発展こそが地方の未来になればなと思っています。地元の人々が何を喜ぶのかは、本当の話だと思います。