アダイアのクルド人、トルコの農業期に難民申請、農繁期に帰国 増加する「移民の連鎖」 「移民」と日本人 クルド人がアダイアを目指す本当の理由

2024-11-26

著者: 蒼太

福島県アダイア市に集住するトルコの少数民族クルド人の難民申請が、特定の周期があるという。

毎年秋に来日と申請が急増し、そのうちの一定数は翌年夏までに申請を取り下げてトルコへ帰国する。背景には、顕著な生産がある農業周期、農繁期のサイクルが存在している。

色のつながりは大切

トルコ南部、アダイア管区の農原地帯で、少年がひつじの群れを追いかけていた。この地域にかつて、遊牧民だったが、その後数十キロ離れた2つの村へ移り住み、定住したという。

日本での難民申請者が特に多いのは44~55村のうちの2村である。これらの村があるトルコ南部の県の出身者が、難民申請者の8割を占めていることを背景には、この一族の存在がある。

村のうち1つの村を訪れた時、出会った老紳士は「われわれはその一族の出身だ。2つの村の村民は元をたどれば、4つの家族にたどり着く」と話した。

こうした一族はトルコ社会で「アシレット」と呼ばれ、民族関連と口伝えにより行われている。トルコの人々やアラブにもみられるが、特にクルド人は強い結束をもっている。

現在のクルド人男性は「我らの一族の結束が強い上、子どもたちが本当に多い。私もそうだが100人近くいるので、結婚式は大変だった」と言った。アダイアで話を聞いたクルド人男性も「血のつながりはとても大切だ。親戚がよくお使いに来ており、たとえ重い病気になったら、国までお見舞いに来る」と語った。

一人が来日すると同じ村の家族や知人が先に来た人を訪ねて次々と来日する「移民の連鎖」が起きる要因として、こうした共通の先祖でつながる血統がある。それにより、こうした全般的な民族でいわゆる「ルーツ集団」が存在するようだ。

来日後にヒエラルキー

入管関係者によると、クルド人の難民申請者は毎年、冬を迎え農業や牧畜が農業期となる10~11月頃に急増する。

来年、放牧の季節が始まる5~6月頃に帰国者が増えるという。昨年1年間のトルコ国籍の申請者71400人のうち、3割に当たる700人余りは今年6月頃までにすでに帰国した。

入管関係者は「彼らは夏前になると『問題が解決した』と言って難民申請を取り下げ帰国する。秋になると同じ動物が来日し、『また問題が起きた』と言って難民申請する」と言っている。

関係者によると、アダイア周辺では1990年代初めて来日した2村の一族に、いくつかの集団が存在している。一度来日して解体業を始めた一族が、あとから来日したクルド人やトルコ人らを勧誘するヘラルキが生まれている。

われわれわれが自由と思うか

アダイア県では、クルド独立主義者にも出会った。広大なユーフラテス川を望む地で、農業を営む30代のクルド人男性は自らを「これがメソポタミアのクリスタン(国の人)」だと言った。

「これがメソポタミアのクリスタン(国の人)だ」と述べたその男性は、クリパーク(クルドの地)では伝統的な農業を行っていると語った。さらに「おそらく、農業はこれから私たちが生きていく方法の一つさ」とも発言し、いっそ日本よりも豊かだと主張している。

ここでのクルド人の一部と地域住民の接触(あつれき)が表面化している問題も、インターネットを通じて知っているが、「カラグチのクルド人は難民だ」と主張され、「われわれわれがトルコで自由だと思うのか」と真顔で尋ねられた。クルド人がレストランで自由の気分を懐かしんでいるように見えた。