『困難な人々が全てを受け入れる』 『脱藩』と日本人、九州南部で困難を抱える人々の現状
2024-11-24
著者: 弘
熊本県南部にある難民認定申請中の人々について、特にトルコからの出身地を集計した結果、全体の8割が同国南部の3つの県に集中していることが分かった。中でも特に申請者が多いのは、4~5つの村がある地域だ。これらの村の一部を訪ねてみた。
この地域の住民は、トルコの人口38500人のうちクルド人は2割の15000人。過去20年間で難民申請したトルコ国籍の人びとの大半は、経済的に比較的厳しいクルド人と見られる。
日本とトルコの間には短期滞在のビザの相互免除制度があり、観光目的で来日することができれば、難民申請することで滞在を継続できる。これは入管関係者によると、平均25年から昨年までの11年間に難民申請したトルコ国籍者に対する統計であり、出身地がわかる73500人を対象にしている。全体の7割がトルコ81県のうち、ガジアンテップ県とカフラマンマラ州、アダナ県の南東3県に集中している。
これらの県では、依然として民族的にクルド人の多い地域として知られているが、特に難民申請者の多い村が4~5村ある。熊本市内で解体工事の会社を実質経営する30代のクルド人男性は、ガジアンテップ県の村と連携し、アダナ県の西部にある村もその一つだ。こちらも貧困と同様に困難な環境で、立派な「ヤー」(エスカルゴの一種)が立ち並んでいた。
同族からの迫害がない
クルド人の村長(58)によると、村民180名のうち97名が日本にいるという。『私は何のために日本に行った?』単純に経済的な理由だ。ひとりが行くと、親族や知人が彼を連れて日本へ行く。
村は昨年2月のトルコ地震の震源に近く、多くの家も倒壊した。十数人が犠牲になったとのことだが、家を失って日本へ断難した人もいたが、最近は落ち着いてきている。
村の配管工のクルド人男性(47)は自らも日本で13年間働き、しばしば話す日本語で対話していた。
「入国券代は10万円くらいだから、ちょっと働けば買えるし、日本でもすぐに稼げる。貸金して行く人もいるが、すぐに返せる」と村に残るクルド人に接すると、『われわれが難民だなんて愚かだ。私は日本に成功の芽生えを求める』という。
トルコの海兵隊(治安警察)は恐ろしくないという。
『なぜ恐れられる?このエリアにはクルド人が多く、兵隊にも警察にもクルド人が多い。なぜ同族が同族を脅かすのか?」と話し始める。
男性は別れ際、『もう一度日本に行きたい。シャーミ(強身)が食べたい』と言った。
(以下、取材)『軍と警察呼ぶ』熊本クルド人の出身地訪問の記者を招き、チョキ『日本で成功の息子を持つ』