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世界に向かう「ポケット」通信の戦い スマートフォン対ソフトバンク【石野純也のバイタル通信SE】

2024-10-15

著者: 蒼太

グローバルな通信回線での競争

最近、ネットワークについても大きな変化があった。これまでのポケット通信には、KDDI傘下のソフトバンクが回線を提供しており、グローバルで通信することができた。本体には2年間の通信料も含まれており、これを超えた場合には2年あたり11,000円で追加のSIMカードを購入できる機会が提供されている。

一方、ポケット通信は'23年7月にソフトバンクと業務提携を締結。ソフトバンクを通じて、ドイツのIoT専用グローバルSIM「1NCE」を採用することが明らかにした。1NCEは、ソフトバンクグループおよびソフトバンクが資本参加しており、日本を含むアジア圏では同社が独占的に提供している。

ポケット通信S2に採用されたのも、この1NCEである。

KDDIからソフトバンクに乗り換えた結果、ポケット通信は様々な要因で多様化している。

1つは、対応する国や地域の広さだ。ソリューション回線を採用していたポケット通信Sまででは、144の国や地域に対応していたのに対し、ポケット通信S2では173まで拡大されている。多言語対応の翻訳機という特性上、やはり対応している国や地域が多い方が良い。

とはいえ、これが決定的な差になるかと言えば、必ずしもそうではない。ポケット通信の用途として拡大しているのは法律や公的機関向けで、どちらかと言えば日本や米国などの国内利用が多くなっているからだ。日本ではインバウンド政策、米国では行政機関や教育機関での利用事例が増えており、そうしたニーズと対応国の多さは直接的な関係がない。

1NCEを採用した主な理由は、その料金体系やソフトバンクとの販売連携にありそうだ。事実、料金については1NCEがその名の通り、1回限りの売り切り制を採用しており、非常にシンプルだ。料金は2,200円。この金額を支えるだけで、最大10年間、500MBまで通信を利用することが可能になる。しかし、グローバルで料金は均一。2,200円さえ支払えば、世界各国で利用できる。

ソフトバンクもデータ通信料は安いが、料金体系が従量制で国や地域によっても金額が異なる。売り切りになることで、1NCEは相性が良いと言われている。

500MBという容量制限があるものの、ポケット通信は翻訳機のため、送受信されるのは主に音声と画像翻訳の画像だけであり、それほど大きなトラフィックは発生しない予定だ。加えて、ポケット通信が採用した1NCEのSIMは、データ容量が減った場合、自動でチャージされる設定になっており、ユーザーは2年間(ビジネスの場合は3年間)、通信量を気にせずに利用できることが可能になる。

急激な低価格+ソフトバンク販売力が決め手に

ポケット通信の代表取締役社長兼CEO、森田恭子氏は「急激な低価格」が1NCEを採用した理由を語る。価格面に加え、「スピードや対応国数など、全部総合して我々の方で判断した」という。

機能面だけではなく、ソフトバンクとの業務面での連携も考慮されたようだ。森田氏は、ソフトバンクとの「販売面での連携も非常に大きい」と明かす。

ソフトバンクも1NCEの強みは「急激な価格競争力」だと見ているようだ。結果として、1NCEは創業7年で「3,000万回線に到達する勢い」で規模を拡大している。

ポケット通信は、'22年時点で累計販売台数が100万台を超えるヒット商品。ソフトバンクとの提携でも100万台の販売を目標にしている。相当数の売り上げに対して、ポケット通信側も出資しており、ポケット通信上場時のアイポイントには森田氏も出資していた。森田氏はこうした点まで含め、「すべてを損益してこの形で決めた」と語り、コスト的なインパクトが大きかったことを示唆している。

これまでに販売されたポケット通信に携わるすべての回線をMNPのように取り替える訳ではないが、ポケット通信はIoT端末の中でも比較的販売台数が多い。また、センサーファームなどのわざわざ違ったデータをやり取るだけのIoT端末と比べれば、より手軽なデータ通信量も発生するため、上方移動を見込んでいる。こうした事例が相次げば、KDDI・ソフトバンク両社にとって痛手になる可能性もある。